糖尿病患者の食塩摂取量基準について
糖尿病では、少なすぎる塩分摂取が死亡を増やすという成績があります。
1型糖尿病、2807人(平均39歳)の観察研究(10年観察)。食塩摂取量は腎障害末期と逆相関する。食塩摂取量は多すぎても少なすぎても、生存が減少する(6gくらいから下で死亡率が増加します)。(Diabetes Care2011)
2型糖尿病、638人(平均64歳)の観察研究(9.9年観察)。ベースラインで腎障害、心血管疾患をもつ患者群です。塩分低摂取は全死亡、心血管系死亡の増加と関連します(Diabetes Care2011)。
これらの成績はその後のガイドラインに反映されていません。「評価されていないのかな」と思っていましたが、Kotchenらの書いたレビュー(NEJM2013/3)、米国医学研究所報告(2013/5)に内容が反映されていました。両者とも糖尿病では厳重な食塩制限を支持しません。
米国医学研究所報告は米国疾病対策センターの依頼によってなされたもので、米国のガイドラインは今後改訂される可能性があります。米国医学研究所が重視したのは、健康転帰(死亡など)による評価です。これまでの報告は血圧を評価項目にしているのが多かったのですが、血圧は代用評価項目に過ぎません、健康転帰で評価する方が良いのです。米国の現時点における食塩摂取基準とその評価を紹介します。
一般集団の基準はナトリウム2.3g未満(食塩として5.8g未満)です。黒人、51歳以上、高血圧、糖尿病、慢性腎障害の人は1.5g未満(同3.8g未満)です。評価は、「一般集団のナトリウム2.3g未満(食塩として5.8g未満)の目標は適切です。1.5-2.3gの制限は根拠が不十分です。糖尿病、慢性腎障害、心不全で利尿薬を多く使っている人に1.5g未満という厳しい食塩制限を行うことは勧められません。」
日本人の平均食塩摂取量は11-12gですから、半分くらいまで減らしてよいでしょう。それ以上減らすべきかは、もう少し様子を見てからが良いかも知れません。
平成25年6月25日
インクレチン関連薬の安全性の検討
最初に認可されたDPP-4阻害剤はシタグリプチン(ジャヌビア、グラクティブ)です。米国の保険請求データを用いてこの薬の安全性を検討した論文が出ました(BMJ2013)。糖尿病の飲み薬が新たに処方された72,738人が対象です。平均観察期間は2.5年です。結果ですが、全死亡や全入院は、この薬によって影響がありませんでした。危惧されていた膵癌、膵炎は増えていませんでしたが、期待されていた虚血性心血管疾患への効果も認めませんでした。
一方、インクレチン関連薬で急性膵炎が2倍に増えたという成績が発表されています(JAMA2013)。対象は成人2型糖尿病(18-64歳)の急性膵炎入院患者1269例(2005年から2008年)です。これに年齢、性別、登録パターン、合併症をマッチさせた対象1269例を選び、比べています。症例対象研究ですので、対象のとりかたにより結果が異なってくる可能性があります。
臓器移植の臓器提供者の膵臓を用いた研究が発表されています(Diabetes2013)。この研究では、インクレチン関連薬が膵に影響を与える可能性が示唆されます。病気になる前の段階をみている可能性があって注目されますが、本当にそうなのか、確認が欲しいところです。
学術雑誌や認可権限をもつ当局もインクレチン関連薬の安全性に関心をもっています。Diabetes Care(米国の医学雑誌)は5月に、インクレチン関連薬が安全だとするNauckと安全でないとするButlerの両者のディベート論文を載せました。英国医学雑誌(BMJ)は6月に同薬の安全性特集を行い、注意を喚起しています。米国食品医薬品局(FDA)と欧州医薬品庁(EMA)は、ともに同薬の安全性再検討に入っていますが、両当局とも「現時点では因果関係ははっきりしていない」としています。
薬の作用・副作用は病気自体の悪影響と天秤にかけて総合的に判断する必要がありますが、今後も動向に注意を向けていきたいと思います。
注:DPP-4阻害剤はインクレチンの分解を阻害する薬です。インクレチンは消化管から分泌されるホルモンでインスリン分泌を促進します。DPP-4阻害剤、あるいはインクレチン作動薬によってインクレチン作用が強くなると、膵島からのインスリン分泌が強くなります。
平成25年6月19日
アバンディアについて
日本で発売されていない薬なので、取り上げなくて良いかもしれませんが、アバンディアが使われなくなった経過をみると、考えさせられるところがあり、経過を紹介します。
2006年、GSKがFDAに心血管系イベント副作用の可能性を報告しました。このときは42論文のメタ分析が行われています。同じ年にADOPT研究とDREAM研究が発表されました。この2論文では心血管系イベントについては否定的でした。FDAはもっと結果が集積してくるのを待ちたいと、副作用の可能性について公表しませんでした。
2007年、NissenがGSKの発表しているオンラインデータに基づいて独自にメタ分析を行い、心血管系イベントが増加すると発表しました(NEJM)。この報告によって「GSKやFDAが真実を隠していた」とメディアが燃え上がりました。同じ年にDiamondがNissenのメタ分析に難があると発表しました(Annals Intern Med)。異なった方法でメタ分析すると、心血管系イベントは増えも減りもしない結果でした。しかしGSKやFDAが副作用隠しで叩かれている最中であり、この論文は省みられませんでした。
2010年、RECORD研究が発表されました。RECORD研究はアバンディアの心血管系イベント副作用に焦点を当てた研究です。しかし第3者評価でないことから信頼できない研究と言われ、「アクトスが認可されているからアバンディアは使えなくなっても良い」と判断されました。
2012年、デューク臨床研究所が第3者評価としてRECORD研究の再分析を行い、「アバンディアは心血管系イベントを増やさない」ことを報告しました。RECORD研究は、4447人の2型糖尿病患者が対象で、平均5.8年経過観察しています。結論は、「アバンディア+メトホルミン」あるいは「アバンディア+スルホニル尿素剤」は、「メトホルミン+スルホニル尿素剤」と比べて全死亡を増やさない(それぞれ6.3%と7.2%)。心血管死、心筋梗塞、脳梗塞を増やさない(8.2%と8.4%) でした。
今回の諮問委員会は、RECORD研究の再分析結果を受けて開かれます。GSKの要請でなく、FDA自らが開きます。GSKはこの問題から引いているようです。GSKはアバンディアの件で、2012年に30億ドルもの罰金を払っています。これ以上、この問題に関係したくないのでしょう。一方、Nissenはスキャンダルの責任逃れのための諮問委員会と反発しています。
副作用の判定は微妙で、なかなか困難です。アバンディアは復活するでしょうか?
平成25年6月1日
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「追記」
諮問委員会に出席した委員は26人です。アバンディアの処方は、現在とても強い制限がかかっていますが、この制限に対する投票の内訳をみますと、7人が制限の完全撤廃に賛成。13人が制限を緩めることに賛成。5人が今の制限を続けることに賛成。1人が発売中止の意見でした。
平成25年6月10日
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「追記」
FDAはアバンディアに対する制限を解くことを決定しました。GSKはこの決定を歓迎する声明を発表しました。
平成25年11月26日
新しいHbA1c目標値
注意書きがついていて、治療目標は年齢、罹病期間、臓器障害、低血糖の危険性、サポート体制などを考慮して、個別に設定します。いずれも成人に対しての目標値であり、また妊娠期は除く としています。これまで合併症予防の目標値は6.9%未満(NGSP)でしたが、国際的に数字を合わせて7.0%未満(NGSP)にしました。
なお「治療強化が困難な際の目標の8.0%未満」は、明確な根拠がありません。米国老人医学会の値を参考に、とりあえず設定をしたそうです。6-7-8とキリがよく、覚えやすくて良いのではないかと思います。
諸外国の様子を見ますと、
アメリカ糖尿病学会とヨーロッパ糖尿病学会の合同声明(2012)では、2型糖尿病のコントロール目標としてHbA1cの記載がありません。それは、ガイドラインの数字が一人歩きして危険という考えです。患者中心のアプローチを重視し、コントロール目標は個別に設定します。
アメリカ糖尿病学会とアメリカ老人医学会の高齢者糖尿病に関する合同声明(2012)では、根拠に基づいた医学(EBM)を痛烈に批判しています。高齢者は研究から外されることが多く、目標設定の根拠(エビデンス)がありません。いろいろな研究を紹介していますが、一つの数字に集約していません。
アメリカ糖尿病学会の2013年ガイドラインでは、多くの人で7%未満、限られた人(罹病期間が短い、予測寿命が長い、心血管疾患がない)で、6.5%未満、最後に「我が国の治療強化が困難に当たる人」で8%未満の数字を挙げています。アメリカは数字をあげたり、あげなかったりで、統一されていません。
イギリス糖尿病学会では、一般的目標は6.5-7.5%(48-58mmol/mol:IFCC表記)ですが、「我が国の治療強化が困難に当たる人」ではそのリスクを考えて、となっています。
オーストラリア糖尿病学会(2012/13)では、一般的目標は7.0%以下。「我が国の治療強化が困難に当たる人」は7%超が妥当としています。
*昨年からHbA1cの表記方式がJDS(日本のこれまでの表記方式)からNGSP(米国の表記方式)に変わっています。
平成25年5月31日