SGLT2阻害薬と尿アルコール検査
米国の話であって我が国では起こらない話ですが、興味をひいたので紹介します。
自動車運転時のアルコール(エタノール)検査の話(NEJM 2024)です。
米国では尿アルコールも自動車運転の検査に使われています。
60歳代(男性)の人が飲酒運転の罪に問われました。警察が行った4回の尿検査で、繰り返しエタノールが検出されたのです。彼は10ヶ月の間禁酒を続けていて、飲酒運転を否定しました。連絡を受けた主治医が新しい尿で再検すると、尿エタノール陰性でした。彼は5ヶ月前からSGLT2阻害薬(ジャディアンス)を服用しており、同薬の作用で尿糖(1000mg/dl)が出ていました。亜硝酸反応陰性、白血球反応陰性、尿培養はグラム陽性細菌<50,000CFU/mlでした。
主治医は保護観察所に電話をして、尿検体の保管状況を尋ねました。分かったことは、尿検体を室温で保管していたことでした。主治医は尿検体を冷蔵庫から出して室温に戻し、24時間後にエタノールを再検しました。今度は尿エタノール陽性でした。警察検査の尿エタノール陽性は、尿検体を室温保管中に発酵反応が起こり、エタノールが産生されたことによります。
糖尿病の歴史において、尿の発酵は大切な発見の一つでした。
フランシス ホーム(1719-1813)は、「糖尿病患者の尿に酵母を入れると発酵する。最初は甘く、最後は甘みがなくなり、スモールビールの味がする」と観察しま した。スモールビールは、二番麦汁から作ったビールのことです。
SGLT2阻害薬は尿糖を増やすので、おそらく酵母が混入してコントロール不良の糖尿病と同じ発酵現象が起きたのですね。
令和6年3月6日
追記:
我が国のアルコール検査は主に呼気検査が行われ、米国のようなことは起こりません。
道路交通法施行令 第 26 条の二の二(呼気検査の方法):法第六十七条第三項の規定による呼気の検査は、検査を受ける者にその呼気を風船又はアルコールを検知する機器に吹き込ませることによりこれを採取して行うものとする。
「収縮する力が保たれた心不全」はメタボ心臓?
心不全は心臓の働きが悪くなり、むくみや息切れをおこしてくる病気です。
心不全は心臓の「収縮する力が弱くなった」病気と考えられてきました。しかし「収縮する力が保たれている心不全」もあり、これが心不全患者の半数を超えることが分かってきました。心臓の「拡がる力」が弱くなった心不全です。
心臓の収縮力は左室駆出率(EF)で示されます。英語で心不全はheart failure(HF)です。左室駆出率(EF)が低下(r: reduced)した心不全をHFrEF(ヘフレフ)、保たれている(p: preserved)心不全をHFpEF(ヘフペフ)と略します。
左室駆出率(EF)40%未満がHFrEFで、50%以上がHFpEFです。中間の40-50%はHFmrEF:収縮機能が軽度低下した心不全です。
HFrEFとHFpEFの臨床症状(息切れ・呼吸困難、浮腫など)は似ています。しかし薬の効果が異なり、HFrEFに効く薬(ACE阻害剤/ARB、β遮断剤など)がHFpEFに効きません。そのためHFpEFの治療は利尿薬や血管拡張薬などに限られていました。
前置きが長くなりました。
最近、セマグルチド(オゼンピック:GLP1受容体作動薬)が肥満患者のHFpEFを改善することが報告されました(NEJM2023)。
この論文で使われているセマグルチドの量(2.4mg週1回注射)は、日本で認可されている量より多いので注意して下さい。
この研究に参加した人はBMI30以上でHFpEFを有する529人です。体重はセマグルチド群で13.3%減少し、偽薬群は2.6%の減少にとどまりました。KCCQ-CSS(心不全症状アンケート)はセマグルチド群で改善度が高く(セマグルチド群16.6点、偽薬群7.8点)、6分間歩行距離もセマグルチド群で長くなりました(同21.5m、1.2m)。これらの結果は、HFpEFがセマグルチド投与で改善したことを示します。
心筋にはセマグルチドが作用するGLP1受容体がありません。セマグルチドが心筋に直接作用することはなく、体重減少や種々の代謝系変化を介してHFpEFを改善させたと考えられます。HFpEFを広義のメタボリックシンドロームと考えて良さそうです。
我が国では高齢者が増えてきていて、高齢心不全患者が大幅に増加すること(心不全パンデミック)が予想されています。HFpEFの病態解明が進み、治療法が確立することを期待します。
令和5年11月29日
SGLT2阻害薬は癌にも効く?
SGLT2阻害剤はブドウ糖共役輸送担体2(SGLT2)の働きを阻害する薬です。SGLT2は腎臓の近位尿細管に多く、SGLT2が阻害されるとブドウ糖の再吸収が抑えられます。その結果、尿糖が増え、最終的に血糖が下がります。
SGLT2阻害剤にはカナグル、フォシーガ、ジャディアンス、ルセフィ、スーグラ、デベルザ、アプルウェイなどがあります。
今回はSGLT2阻害剤の抗癌作用について紹介します(Biomedicines 2023)。
SGLT2は種々の癌細胞にも発現していることが分かってきました。世界で初めて癌細胞にSGLT2が発現していることを発見したのは広島大学の石川先生です(Jpn J Cancer Res 2001)。
肺癌原発巣と転移巣でSGLT1はそう変わらなかったのですが、転移巣でSGLT2が多く発現していたのです。その後多くの癌細胞でSGLT2が発現していることが分かってきました。
癌細胞はエネルギー供給の多くを解糖系(ブドウ糖代謝系)に依存しています。SGLT2が発現している癌細胞にSGLT2阻害剤を使うとブドウ糖取り込みが阻害され、エネルギー供給が制限されます。
さらには癌細胞の増殖に必要な他の代謝信号系(PI3K/AMPK系など)もSGLT2阻害剤が抑制することが分かってきました。
SGLT2阻害剤の抗癌作用について研究が進行中です。基礎研究では、膵癌、前立腺癌、乳癌、非小細胞性肺癌、甲状腺癌、肝細胞癌、骨肉腫などで検討されています。
臨床面では、他の癌治療法と組み合わせることで治療成績を向上させることが期待されています。現在10本の治験が行われているそうです。
SGLT2阻害剤が抗癌作用を発揮するには、目的とする癌細胞にSGLT2が発現しているかどうかが重要かもしれません。一般的なFDG-PET検査でなく、SGLTに特異的なME4FDGを用いたPET検査が有用かもしれません。
SGLT2阻害剤の効果は一部の癌に限られるかもしれませんが、副作用が少ない薬ですので、治療効果がはっきり分かると良いですね。
令和5年11月14日
週1回のインスリン注射
週1回注射のアイコデクインスリン(insulin icodec)の第3相治験の成績(NEJM 2023)を紹介します。
この治験ではアイコデクインスリン(週1回注射)とグラルギンインスリン(毎日注射)を比べています。インスリン治療が初めての人が対象で、両群とも492人が参加しています。インスリン以外の糖尿病薬は、インスリン分泌を促進しない薬(SGLT2阻害剤やGLP1受容体作動薬を含む)の併用を認めています。
52週治療を続けて、アイコデクインスリン群はHbA1cが8.50%から6.93%に減少し、グラルギンインスリン群は8.44%から7.12%に減少しました。
血糖が70-180mg/dlと良好な範囲にある時間はアイコデクインスリン群の方がグラルギンインスリン群より長く(それぞれ71.9%と66.9%)、アイコデクインスリンはグラルギンインスリンより良好な結果でした。
1週間あたりのインスリン量はアイコデクインスリン群で214単位、グラルギンインスリン群で222単位でした。
長時間作用型のインスリンでは低血糖が気になります。血糖が54mg/dl未満と低くなる時間は2群間で差がありませんでした。
「臨床的な低血糖」は83週時点でアイコデクインスリン群で226件/61人、グラルギン群で114件/66人でした。重症低血糖はそれぞれ1件と7件でした。
「臨床的低血糖+重症低血糖」は83週時点でアイコデクインスリン群で0.30回/人・年、グラルギンインスリン群で0.16回/人・年でした。
アイコデクインスリンの方が低血糖が多いように見えますが、(1) アイコデクインスリン群の方がHbA1cが低かったこと、(2) 重症低血糖はグラルギンインスリン群に多かったこと、(3) アイコデクインスリン群(492人)の中でわずか3人が226件中105件の低血糖を起こしていること、(4) 低血糖頻度は1回/人・年未満で多くないこと、などから、アイコデクインスリンの方が低血糖を来しやすいと言えないようです。
アイコデクインスリンは前途有望のインスリン製剤のように思います。
令和5年10月4日