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インクレチン関連薬の安全性の検討

糖尿病の薬にDPP-4阻害剤、インクレチン作動薬があります。新しい薬ですので知られていない副作用があるかもしれず、慎重に使われています。昨年(平成24年)の日本糖尿病学会で、Druckerは 「今のところ安全のようだが、完全に安全ですと言ってはならない」 と釘を刺しました。可能性のある副作用として急性膵炎、甲状腺癌などがあげられています。しかし発生頻度が少なく、本当に副作用なのかはっきりしていていません。最近の成績を紹介します。


最初に認可されたDPP-4阻害剤はシタグリプチン(ジャヌビア、グラクティブ)です。米国の保険請求データを用いてこの薬の安全性を検討した論文が出ました(BMJ2013)。糖尿病の飲み薬が新たに処方された72,738人が対象です。平均観察期間は2.5年です。結果ですが、全死亡や全入院は、この薬によって影響がありませんでした。危惧されていた膵癌、膵炎は増えていませんでしたが、期待されていた虚血性心血管疾患への効果も認めませんでした。

一方、インクレチン関連薬で急性膵炎が2倍に増えたという成績が発表されています(JAMA2013)。対象は成人2型糖尿病(18-64歳)の急性膵炎入院患者1269例(2005年から2008年)です。これに年齢、性別、登録パターン、合併症をマッチさせた対象1269例を選び、比べています。症例対象研究ですので、対象のとりかたにより結果が異なってくる可能性があります。

臓器移植の臓器提供者の膵臓を用いた研究が発表されています(Diabetes2013)。この研究では、インクレチン関連薬が膵に影響を与える可能性が示唆されます。病気になる前の段階をみている可能性があって注目されますが、本当にそうなのか、確認が欲しいところです。


学術雑誌や認可権限をもつ当局もインクレチン関連薬の安全性に関心をもっています。Diabetes Care(米国の医学雑誌)は5月に、インクレチン関連薬が安全だとするNauckと安全でないとするButlerの両者のディベート論文を載せました。英国医学雑誌(BMJ)は6月に同薬の安全性特集を行い、注意を喚起しています。米国食品医薬品局(FDA)欧州医薬品庁(EMA)は、ともに同薬の安全性再検討に入っていますが、両当局とも「現時点では因果関係ははっきりしていない」としています。

薬の作用・副作用は病気自体の悪影響と天秤にかけて総合的に判断する必要がありますが、今後も動向に注意を向けていきたいと思います。

注:DPP-4阻害剤はインクレチンの分解を阻害する薬です。インクレチンは消化管から分泌されるホルモンでインスリン分泌を促進します。DPP-4阻害剤、あるいはインクレチン作動薬によってインクレチン作用が強くなると、膵島からのインスリン分泌が強くなります。


平成25年6月19日

アバンディアについて

アバンディア(ロシグリタゾン)という薬があります。グラクソスミスクライン製薬会社(GSK)が作った薬で、欧米で発売されています。 アクトス(ピオグリタゾン)と同じチアゾリジン系で、インスリン抵抗性を改善させる薬です。心血管系イベントが増えるという理由で、ほとんど使われなくなっていますが、この6月に米国FDA(食品医薬品局)で再評価が予定されています。

日本で発売されていない薬なので、取り上げなくて良いかもしれませんが、アバンディアが使われなくなった経過をみると、考えさせられるところがあり、経過を紹介します。


2006年、GSKがFDAに心血管系イベント副作用の可能性を報告しました。このときは42論文のメタ分析が行われています。同じ年にADOPT研究とDREAM研究が発表されました。この2論文では心血管系イベントについては否定的でした。FDAはもっと結果が集積してくるのを待ちたいと、副作用の可能性について公表しませんでした。

2007年、NissenがGSKの発表しているオンラインデータに基づいて独自にメタ分析を行い、心血管系イベントが増加すると発表しました(NEJM)。この報告によって「GSKやFDAが真実を隠していた」とメディアが燃え上がりました。同じ年にDiamondがNissenのメタ分析に難があると発表しました(Annals Intern Med)。異なった方法でメタ分析すると、心血管系イベントは増えも減りもしない結果でした。しかしGSKやFDAが副作用隠しで叩かれている最中であり、この論文は省みられませんでした。

2010年RECORD研究が発表されました。RECORD研究はアバンディアの心血管系イベント副作用に焦点を当てた研究です。しかし第3者評価でないことから信頼できない研究と言われ、「アクトスが認可されているからアバンディアは使えなくなっても良い」と判断されました。

2012年、デューク臨床研究所が第3者評価としてRECORD研究の再分析を行い、「アバンディアは心血管系イベントを増やさない」ことを報告しました。RECORD研究は、4447人の2型糖尿病患者が対象で、平均5.8年経過観察しています。結論は、「アバンディア+メトホルミン」あるいは「アバンディア+スルホニル尿素剤」は、「メトホルミン+スルホニル尿素剤」と比べて全死亡を増やさない(それぞれ6.3%と7.2%)。心血管死、心筋梗塞、脳梗塞を増やさない(8.2%と8.4%) でした。


今回の諮問委員会は、RECORD研究の再分析結果を受けて開かれます。GSKの要請でなく、FDA自らが開きますGSKはこの問題から引いているようです。GSKはアバンディアの件で、2012年に30億ドルもの罰金を払っています。これ以上、この問題に関係したくないのでしょう。一方、Nissenはスキャンダルの責任逃れのための諮問委員会と反発しています。

副作用の判定は微妙で、なかなか困難です。アバンディアは復活するでしょうか?


平成25年6月1日
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「追記」
諮問委員会に出席した委員は26人です。アバンディアの処方は、現在とても強い制限がかかっていますが、この制限に対する投票の内訳をみますと、7人が制限の完全撤廃に賛成。13人が制限を緩めることに賛成。5人が今の制限を続けることに賛成。1人が発売中止の意見でした。

平成25年6月10日
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「追記」
FDAはアバンディアに対する制限を解くことを決定しました。GSKはこの決定を歓迎する声明を発表しました。

平成25年11月26日

代謝とがん発生

糖尿病薬のメトホルミンはがんを抑える作用が期待され、治療試験が開始されています。今回は「メトホルミンが作用する場所」と「がん抑制遺伝子が働く場所」が共通している可能性について紹介します。

Li-Fraumeni症候群という病気があります。世界で400家系しかいないそうですから、非常にまれな病気です。親から子に伝わる遺伝子(TP53)に突然変異があり、がんが多発します。TP53というのは、p53を作る遺伝子です。p53は細胞周期や遺伝子(DNA)修復などを調節してがんを抑える働きがあります(がん抑制因子)。
  
このLi-Fraumeni症候群で、骨格筋のミトコンドリア呼吸代謝(酸化的代謝)が強くなっていることが示されました(NEJM 2013)。呼吸代謝は、酸素を使って多量のエネルギーを生み出す代謝です。p53は代謝系にも働いています

メトホルミンは、ミトコンドリア呼吸代謝を抑えることで効果を発揮します。「メトホルミンの作用」と「p53の働き」はつながっているように見えます。がん発生は遺伝子の変化だけが強調されてきましたが、代謝的な側面も重要です。今後その関連が明らかにされ、新しい治療に結びつくことを期待します。


平成25年5月9日

SGLT2阻害剤について

今回は糖尿病の新しい薬、SGLT2阻害剤(開発中)を紹介します。SGLT2阻害剤は尿糖を増やすことによって、血糖を下げる薬です。体重も下がります。

腎臓が糸球体で血液をろ過する時、血液中のブドウ糖(グルコース)はいったん尿(原尿)に出ます。このブドウ糖は尿細管で再吸収され、最終尿にはブドウ糖が出ない仕組みになっています。このブドウ糖再吸収に関わっているのが、Na-グルコース共輸送体2:SGLT2です。SGLT2阻害剤はこのSGLT2を抑える薬です。

SGLT2に生まれつき異常がある人がいますが、尿糖以外に大きな問題がありません。ですから、SGLT2を抑えても大きな副作用は出ないだろうと予想されています。

SGLT2阻害剤はもうすぐ使えそうです。ヨーロッパでは、昨年11月にダパグリフロジンが承認されました。米国では今年の4月にカナグリフロジンが承認されました(ダパグリフロジンは米国では不承認:発がん性の検討が不十分との理由)。我が国ではイプラグリフロジンが3月に申請されています。

開発には日本の会社が結構頑張っていて、カナグリフロジンは田辺三菱製薬、イプラグリフロジンはアステラス/寿製薬が創薬しています(ダパグリフロジンは、ブリストル・マイヤーズスクイブ/アストラゼネカ)。SGLT2阻害剤の主な副作用は尿糖増加による感染症(膣炎、膀胱炎)、尿量増加に伴う脱水症状です。


平成25年4月11日

追記:
SGLT2阻害薬は、田辺三菱製薬の人たち(荒川さん他)が基礎的研究を行いました(平成26年度日本薬学会創薬科学賞を受賞)。そこに大阪大学の金井先生がSGLT2遺伝子のクローニングを発表し、一気に製薬競争が始まりました。

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