院長ブログ一覧

味覚、この不思議なるもの2

砂糖とスクラロース(人工甘味料)は舌では区別できません。しかし生体はこの2つを区別し、スクラロースより砂糖を好みます。不思議なことに味覚を失わせたマウスでも砂糖の方を好みます。その理由がなかなか分からなかったのですが、腸がこの2つを感じ分けていることが分かってきました(Nature Neruoscience 2022)。主役は前回紹介した腸神経足細胞です。

砂糖はブドウ糖と果糖に分解されます。(1) ブドウ糖はSGLT1(ナトリウム・ブドウ糖共輸送担体1)を通って神経足細胞に入り、代謝されて神経足細胞を興奮させます。(2) ブドウ糖とスクラロースは細胞表面にある甘味受容体に作用して神経足細胞を興奮させます。刺激反応の仕組みは、細胞ごとに違っていて、54%の神経足細胞はブドウ糖のみ、15%の神経足細胞はスクラロースのみ、31%の神経足細胞はどちらの刺激でも細胞が興奮します。

神経足細胞が興奮すると、瞬時にシナプスを介して迷走神経に信号が伝わります。神経伝達物質は、(1) 代謝刺激ではグルタミン酸、(2) 甘味受容体刺激ではATPが使われます。共培養しますと、44%はブドウ糖のみ、22%はスクラロースのみ、33%は両者の刺激でシナプス後電流が観測されました。

十二指腸を刺激した時の迷走神経節細胞の興奮を検討しました。迷走神経節細胞の41%はブドウ糖刺激のみ、22%はスクラロース刺激のみに反応があり、33%はどちらの刺激にも反応がありませんでした。つまりブドウ糖とスクラロースは異なる伝達物質を使い、別々の迷走神経節細胞に刺激を伝えていました。またグルタミンによるシナプス刺激を十二指腸で抑えると、砂糖への好みが消失しました。

砂糖は神経足細胞で代謝され、グルタミン酸を介して脳に刺激を伝達します。スクラロースにはこの経路がありません。砂糖への好みが生じる仕組みは、「グルタミン酸を介する迷走神経神経興奮で脳が条件付けされる」ことと考えられました。

一粒で2度おいしい、というアーモンドグリコの宣伝があります。「アーモンドとキャラメルの旨さ」が本来の意味ですが、「舌でおいしさを味わい、腸でもう一度おいしさを味わう」。2度おいしいのはアーモンドが入ってなくても本当のようです。


令和7年3月4日

味覚、この不思議なるもの1

まず一般的な味覚について説明します(NEJM2024)。基本となる味は5つあり、甘味,苦味,塩味,酸味,うま味です。舌にある味蕾で味を感じていますが、味蕾の味細胞は I型,II型,III型の3種類があります(IV型は前駆細胞です)。

甘味,苦味,うま味を感じるII型細胞は味覚受容体(TAS1Rが甘味とうまみ、TAS2Rが苦味を感じます)が刺激されるとCALHM1(calcium homeostasis modulator 1)を介してATPを細胞外に放出します。塩味を感じる II型細胞はENac(上皮Naチャネル)を通ってNaが細胞内に入ると、同様にCALHM1を介してATPを放出します。ATPが味覚を伝える物質で、味神経の終末に信号を伝えます。。I型細胞はII型細胞から放出されたATPを分解する役目を持っています。酸味を感じるIII型細胞は、古典的な神経伝達構造のシナプスを持っています。

味蕾の味細胞は味を感じているだけではありません。腸ホルモン(コレシストキニン、GLP1、グレリン、ペプチドYY、VIP)、膵島ホルモン(グルカゴン、インスリン)、それに中枢神経で産生されるホルモン(ニューロペプチドY、VIP)を産生しています。それぞれのホルモンが味蕾で何をしているか、よく分かっていません。マウスでは味蕾の神経細胞にGLP1受容体があり、GLP1受容体が活性化されると甘味感覚が影響を受けることが報告されています。

味は全身の臓器で感じています。味覚受容体TAS1R(甘味、うまみ)は舌だけでなく、腸、脳、膵臓、膀胱、骨、脂肪組織、気道上皮、骨格筋、精巣などの組織に存在します。味覚受容体TAS2R(苦味)は、喉頭、腸、脳、免疫細胞、呼吸器系、泌尿生殖器系などにも存在します。 TAS2RはTAS1R3やα-gustducinと共に精巣にも存在します。 

舌以外の味覚でよく研究されているのが腸の味覚です。2018年に腸神経足細胞(腸上皮にある内分泌細胞のひとつです)が発見されました(Science 2018)。これまで知られていた腸の内分泌細胞はホルモンを介してゆっくりと信号を伝えていましたが、この細胞は迷走神経(第10脳神経)とシナプスで直接つながっていて素早い信号伝達が可能です。神経足細胞をブドウ糖刺激しますと、直ちにその信号が脳に伝わり、報酬系が刺激されます。

キリンホールディングス株式会社の研究ですが、熟成ホップは腸神経足細胞の苦味受容体を介して迷走神経を刺激し,信号が脳に伝わって認知機能と気分状態を改善,体脂肪を低減するそうです(化学と生物 2024)。ビール会社らしい研究ですが、ホップのおいしさは喉越しだけではないんですね。


令和7年2月28日


食べるなら”ダーク”チョコレート

チョコレートには抗酸化物質のフラボノイドが多く含まれています。フラボノイドは心血管系に良い効果があり、糖尿病を減らす報告があります。しかしチョコレートと2型糖尿病発症の関連ははっきりしていませんでした。もしかすると、いろんな種類のチョコレートをまとめて検討したため、結果が出なかったのかもしれません。今回チョコレートの種類をわけて検討した成績が発表されましたので、紹介します(BMJ 2024)。

研究対象集団(コホート)は看護師研究のコホート2つ、および男性医療従事者研究のコホート1つ、計3つです。この3つは疫学研究ではとても有名な米国のコホートです。はじめに糖尿病、心血管疾患、悪性疾患がある方を除いています。192,208人が参加し、うち111,654人のデータを解析しました。チョコレート全体をまとめた検討は1986年、1991年以降のデータを使っています。チョコレートの種類別検討は2006年、2007年以降のデータを使った検討になります。

4,829,175人・年観察中に、18,862人が2型糖尿病を発症しました。個人因子、ライフスタイル、食事リスク因子を補正しました。チョコレートの種類を問わない解析では、週に5サービング以上摂る人はほとんど摂らない人に比べて、10%ほど糖尿病の発症が少なくなっていました。なお1サービングはチョコレートバー1本/1パック、あるいは1オンス(28g)です。

次にチョコレートの種類別に検討しました。ダークチョコレートでは週に5サービング以上摂る人の糖尿病発症が21%少なくなっていましたが、ミルクチョコレートでは少なくなっていませんでした。ミルクチョコレートは砂糖が多くカカオ成分が少なくなります。これまでチョコレート研究の結果がはっきりしなかったのは、ミルクチョコレートを含めて分析していたからかもしれません。またダークチョコレートと異なり、ミルクチョコレートをよく食べる人では体重が増加していました。

食べるならダークチョコレートが良いようです。


令和6年12月7日

受胎してから1000日までの砂糖摂取

第二次世界大戦の時、英国は砂糖の供給を制限しました。この制限は1953年9月に撤廃されましたが、この月を境に砂糖消費量が2倍に増加しました。この状況を利用して、胎児期〜乳幼児期の砂糖摂取の影響を検討した研究(Science 2024)が報告されましたので紹介します。

対象は、UK Biobank データバンクに登録された 1951〜1956年に生まれた6万人超です(出生日が砂糖消費が急増した1953年9月をはさんでいます)。検討したのは、何十年も先の糖尿病と高血圧の発症です。約4000人が糖尿病を発症し、ほぼ2万人が高血圧を発症しました。

受胎してから1000日までの砂糖摂取の影響をみました。この時期に砂糖消費が少ない人は、砂糖の消費が多い人に比べて糖尿病と高血圧のリスクがそれぞれ35%、20%低くなっていました。発症年齢もそれぞれ4年、2年遅くなっていました。

胎児期だけ砂糖消費が少ない場合(砂糖制限撤廃後に出生)、糖尿病と高血圧のリスクはそれぞれ15%、5%低くなっていました。砂糖の影響は胎児期から明らかで(リスク低減の1/3は胎児期の制限で説明可能)、固形食が始まる生後6ヶ月以降で強くなりました。

人生のごく初期の砂糖摂取が何十年ものちの糖尿病や高血圧の発症に影響するようです。


令和6年11月29日