高齢者の持効型インスリン
インスリンが発見されてしばらくは、頻回注射が基本でした。当時は使い捨て注射器やペン型注射器はありません。準備も大変でしたし、注射針も太いものでした。1日に何回も注射するのはとても苦痛でした。そのため1日1回で済むインスリンが熱望され、作用時間の長いNPHインスリンやレンテインスリンが開発されました。
1日1回のインスリン注射で済むということは、細かな血糖調整が難しいことでもあります。そのため、糖尿病合併症が抑えきれず、NPHインスリンやレンテインスリンの時代はいわゆるインスリン暗黒時代でもありました。
長く効くインスリンに、ウルトラレンテインスリンがありました。レンテインスリンよりも結晶が大きく作用時間が長いのですが、皮膚からの吸収が大きく変動し、レンテインスリンほど血糖の上昇を抑えきることができず、持効型インスリンの試みは失敗に終わりました。
インスリンはプロインスリンが分解して作られます。プロインスリンはインスリンと比べて作用が数倍長くもちます。これも持効型インスリンとして使えないか試されたのですが、成長因子としての作用があり、動脈硬化促進や発癌性が懸念されて中止になりました。
今は多様なインスリンが選べる時代です。20-24時間作用型、さらには40時間作用型のインスリンが開発されています。注射器具も改良され、頻回注射が現実的になっています。ちなみに1型糖尿病では1日4回注射が基本です。
高齢者でインスリン注射を始める人が増えています。そのとき従来のNPHインスリンより、新しい持効型インスリン(ランタス、レベミル)の方が重篤な低血糖が少ないという論文(JAMA Intern Med 2021)が出ました。これまでも同様の論文が出ていますが、対象を高齢者に限ったこと、食前インスリンの併用の有無を分けて分析したことが新しいようです。
2007年から2019年のMedicare(健康保険)データの解析で、65歳以上でインスリンを初めて使った人(575,008人)が対象です。古いデータも使われているようですが、ランタスの発売が2000年です。結論はこれまでと同様です。食前インスリンを併用していない場合、持効型インスリンの方がNPHインスリンより3割ほど低血糖リスクが少なくなりました。
NPHインスリンでインスリン治療を始めることはずいぶん前からしていません。ランタス、さらに作用時間の長いトレシーバで始めています。
最後になりましたが、今年はインスリン発見100周年です。多様なインスリンが開発されてきたことに感謝します。
令和3年4月16日
ジャヌビアの多面的な作用
ジャヌビアがコロナウイルス感染症の死亡率を下げる論文を紹介しましたが、移植免疫の抑制にも効果があるようです。
免疫に関わるT細胞(リンパ球)の表面にCD26という分子があります。活性化されたT細胞の表面に多く出てきますので、T細胞を活性化させる抗原として知られています。またCD26の発現が多いT細胞が自己免疫疾患で増加していることが報告されています。
ジャヌビアはご存じの方も多いと思いますが、DPP4(dipeptidyl peptidase 4:ジペプチジル ペプチダーゼ 4)阻害剤です。DPP4はインスリン分泌を補助するインクレチンを分解します。ジャヌビアはインクレチンの分解を抑えてインスリン分泌を促進し、血糖を下げます。
CD26とジャヌビアの関連はどこにあるのでしょうか。CD26とDPP4は別個に研究されてきましたが、実はこの2つは同一分子だったのです。そのため、ジャヌビアなどDPP4阻害薬の開発にあたって、免疫に関わる副作用もチェックされました。
ラット臓器移植モデルでDPP4阻害剤を投与すると急性拒絶反応が抑えられ、移植片が長持ちすることが知られています。今回、ヒトにおいてジャヌビア(DPP4阻害薬)が臓器移植に伴う急性拒絶反応を抑制することが報告されました(NEJM 2021)。対象は36人、シクロリムス、タクロリムスと併用です。少人数で比較対象の群は設けていませんが、興味深い結果ですね。
令和3年3月31日
再び三者併用療法
2013年に糖尿病の三者併用療法を紹介しました。言い出しっぺはデフロンゾ博士です。糖尿病薬を小出しにするのでなく、最初から3つの薬をまとめて使う治療法です。またβ細胞(インスリン分泌細胞)に負担をかけるSU剤を使いません。今回デフロンゾ博士の三者併用療法が論文(Diabetes Care 2020)になりましたので紹介します。
三者併用療法で使われる薬剤「メトホルミン、ピオグリタゾン(アクトス)、エキセナチド」は前回紹介時と同様です。エキセナチドは注射薬です。比較する対照は米国のかつての標準的治療法:最初にメトホルミン、コントロールが悪くなればグリピジド(SU剤)を、そしてインスリン療法を追加する治療法です。観察期間は3年です。
318人の初めて治療を受ける2型糖尿病患者が対象です。治療前のHbA1cは三者併用療法で9.0±0.2、従来療法で8.9±0.2%でした。治療後のHbA1cはそれぞれ、6.4±0.1、6.9±0.1%で、三者併用療法の方が0.5%低い値でした。
三者併用療法がすごいのはインスリン感受性(インスリンの効きやすさ)とβ細胞機能(インスリン分泌能)の改善です。インスリン感受性の低下とβ細胞機能の低下は2型糖尿病の特徴です。三者併用療法ではインスリン感受性が3倍に増加し、β細胞機能(インスリン分泌能)が30倍になりました。これに対して、従来療法ではインスリン感受性は変わらず、β細胞機能も34%の増加にとどまりました。
5年、10年後の成績もみたいものです。
令和3年2月10日
ペットの糖尿病と飼い主の糖尿病
すでに「肥満は交友関係を通じて拡がる」論文(NEJM 2007)や「夫婦の糖尿病」の論文 (BMC Medicine 2014)がありますが、これは「ペットと飼い主の糖尿病」の話です(BMJ 2020)。
共通するのは「生活習慣の共有」でしょうか。
スエーデンの研究です。208,980人の飼い主/イヌ、123,566人の飼い主/ネコのペアが対象です。イヌの飼い主の7.7人/1000人・年、ネコの飼い主の7.9人/1000人・年が2型糖尿病をもっていました。ペットの糖尿病は、イヌで1.3匹/1000匹・年、ネコで2.2匹/1000匹・年でした。
まずペットがイヌの場合です。飼っているイヌが糖尿病の場合、飼い主も糖尿病であるハザード比は1.38(1.10-1.74)、多変量で補正して1.32(1.04-1.68)でした(飼い主の糖尿病も多い結果です)。
逆に飼い主が糖尿病である場合、ペットのイヌが糖尿病であるハザード比は1.28(1.01-1.63)でしたが、飼い主の年齢で補正すると1.11(0.87-1.42)と関連が薄くなりました。
ネコの場合、飼い主との糖尿病関連を全く認めませんでした。
考えてみますとイヌとは散歩を共有しますが、ネコとは散歩しません。生活習慣の共有がネコでは少ないことの現れかもしれません。
以上をまとめますと、「糖尿病のイヌ」の飼い主は糖尿病になりやすいようです。イヌを糖尿病にしないようによく散歩させましょう。自分も一緒に運動しましょう。
令和3年1月2日